海の家はなぜ生き残れないのか?:消えゆく“期間限定ビジネス”の構造
🔎 ポイントまとめ
- 海の家は全国的に3〜4割減少し、短期高コスト・許認可・人手不足で苦境にある
- 一方で、法人型ブランディングやイベント連動で成功する事例も登場
- 自治体連携・環境配慮を軸に、地域共存モデルへ進化しつつある
- 「泳がない浜辺」における体験拠点として、再定義の可能性を持っている
はじめに:真夏の“記憶”としてのビジネス
「海の家」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。焼きそばの香り、ビールのグラス、ぬれた砂浜の床。あるいは、午後3時のだるさ、夕方の混雑、ひとけのない夜の浜辺。
昭和・平成の青春を知る世代にとって、海の家は“夏”そのものであった。しかし2020年代に入り、海の家は年々減少し、営業日数も短縮傾向にある。いつしか「今年も出店するかどうか分からない存在」となりつつあるのが現状だ。
だが、なぜ海の家は生き残れないのか?単なる気候の変化、遊び方の変化だけが理由ではない。
このビジネスモデルを掘り下げていくと、そこには「期間限定ビジネスの構造的課題」と「変化しきれないローカル経済」の縮図が見えてくる。
全盛期と現在の海の家 — 減少を続ける浜の拠点
神奈川県・由比ヶ浜海岸。1990年代には約40軒の海の家が並んでいたこの浜も、2024年現在では20軒前後にまで減っている。
同様に、千葉県の九十九里浜、茨城県の大洗海岸、愛知県の内海海岸、いずれも20年前に比べて店舗数・利用者数ともに半減している。全国的に見ても、海の家は過去20年間で3〜4割減少しているのが現実だ。
背景には、「海水浴人口の減少」がある。国土交通省の統計によると、1995年に延べ8000万人いた海水浴客は、2022年には3500万人前後にまで落ち込んでいる。
さらに、新型コロナの影響で2020〜2021年にかけて“海の家ゼロ年”となったエリアも多く、休業→廃業というルートが定着してしまったケースも少なくない。
つまり、海の家は「ノスタルジーだけでは維持できない構造」に直面している。
1ヶ月しか開けないビジネスの非合理性
海の家の営業期間は、法律や自治体の許可によって「海水浴場開設期間内(7月上旬〜8月中旬)」に限定されている。実質、1年のうち営業可能なのは35日〜40日程度しかない。
この短期間に設備投資、仕入れ、雇用、広報、そして撤去までを詰め込む必要があり、極めて高リスク・高コスト構造のビジネスだ。
具体的に見てみよう:
- 建設費:仮設小屋の設置に最低200〜500万円
- 人件費:バイト・調理人など最低5〜10人(時給×40日)
- 食材・酒類:すべて高温多湿での保管リスクあり
- ゴミ処理・保健所対策・消防安全:別途設備費用と対応義務あり
たとえ1日数十万円売り上げたとしても、「日商が高くても、粗利が極端に低い」という罠にはまることが多い。
さらに台風や豪雨などの気象リスクは避けられない。5日間雨が続けば、5日間分の売上が消える──それが当たり前の世界だ。
規制、許可、人手不足——“やりたくてもできない”実情
さらに厄介なのが、許可申請・法的制約の複雑さである。
海の家を出すには、自治体に対して「海水浴場内臨時営業許可」「仮設建築物設置届」「食品営業許可」など複数の申請を要し、それぞれに保健所・消防署・建築指導課などの審査が必要になる。
一部自治体では“景観保全”の観点から、屋根の色や構造、看板のサイズまで制限されている。
そしてもうひとつ、近年とくに大きな壁になっているのが「人手不足」だ。
かつては夏の短期バイトとして高校生・大学生が大量に集まったが、今はインバウンド施設・ライブイベント・物流など他の業種に流れている。
海辺で汗だくになりながら働くより、冷房の効いた空間で時給1,200円のバイトを選ぶ人が増えているのだ。
こうして「運営できない」「バイトが集まらない」「許可が下りない」三重苦の中で、海の家というビジネスは“続けたくても続けられない”業種になっている。
“儲かる海の家”に共通する構造とは?
一方で、現在でも一定の利益を出している海の家が存在する。彼らは何が違うのか?
共通して見られるのは、「地元密着型」ではなく「都市部の法人運営」という構造である。
たとえば、湘南や葉山エリアでは、音楽レーベル、飲食店グループ、イベント企画会社などが期間限定で“ブランディング付きの海の家”を出店するケースが増えている。
特徴としては:
- 都内の人気飲食ブランドとコラボ(例:ベーカリーカフェ+クラフトビール)
- 有名DJやアーティストを招いたナイトイベント開催
- SNS拡散を前提とした内装・ビジュアル設計
- 企業タイアップによるスポンサード運営
これらは、海の家単体で収益を完結させるのではなく、広告・体験・EC連動といった複合モデルとして成立している。
一方、地元個人経営の小規模な海の家は、依然として「ビールと焼きそばで利益を出す」構造から抜け出せていない。
儲かる海の家の前提には、“海辺を舞台にした体験ビジネス”として再定義する視点がある。
サステナブル化と自治体連携という希望
近年では、海の家を“夏だけの消費拠点”ではなく、“浜辺保全のための協業装置”と位置づけようとする動きも出てきた。
たとえば神奈川県藤沢市では、海の家組合と行政、環境NPOが連携し、
- プラスチックフリー容器の導入
- 打ち上げゴミの回収活動への協賛
- 多言語対応マナー啓発ツールの設置
などを行っている。
この取り組みは、単なる営業許可の問題を超えた「地域の合意形成」として評価されており、観光課×環境課×事業者連携のモデルとなっている。
また、2023年には葉山町で「環境配慮型海の家ガイドライン」が策定され、運営時の環境教育やバリアフリー対応の重要性も指摘された。
つまり、海の家を“利益の場”としてだけでなく、“地域との共存装置”として設計し直すことが、これからの運営モデルには不可欠だといえる。
海水浴離れと“浜の再定義”
そもそも、海の家が苦境にある最大の理由は「海水浴そのものの衰退」にある。
国交省の統計では、2023年の海水浴客数は約3,800万人。ピークだった1995年(約8,000万人)の半分以下である。
要因としては:
- 日焼けへの忌避(特にZ世代の若年層)
- 水着文化・遊泳文化の変化
- 水難事故・衛生リスクへの不安
- 夏休み期間の短縮化・分散化
代わりに台頭してきたのが、「海を見るだけ」「映えスポットとして訪れる」浜辺の利用である。
このトレンドは、“泳がない浜辺”におけるビジネスモデル再構築を意味する。
つまり、海の家は「水着前提」「海水浴前提」から脱却し、浜辺のサードプレイス・休憩所・体験型マーケットプレイスなど、より広義の“浜のインフラ”として再定義される必要があるのだ。
まとめ:海の家はどこへ向かうのか?
「海の家」という言葉に宿る郷愁と、現実の経済合理性。そのギャップを埋めきれなければ、次の世代に海の家は残っていかない。
しかし一方で、法人化・ブランド化・自治体との協業・環境意識の再設計といった新たな潮流も生まれつつある。
“焼きそばとビール”だけでは儲からないが、“体験と共感”を売る場としての可能性はまだ残されている。
海の家は、消えゆくビジネスではなく、アップデートされるべき“文化的プラットフォーム”なのかもしれない。
参照
- 国土交通省「海水浴場利用実態調査(2023)」
- 神奈川県藤沢市「海の家環境ガイドライン」2023
- 葉山町「環境配慮型海の家運営指針(案)」2023年7月
- NHK特集「減りゆく“海の家” 〜変わる夏の風景〜」2022
- 日経トレンディ「夏レジャーと地域共創モデルの今」2023年8月
🔎 ポイントまとめ
- 海の家は全国的に3〜4割減少し、短期高コスト・許認可・人手不足で苦境にある
- 一方で、法人型ブランディングやイベント連動で成功する事例も登場
- 自治体連携・環境配慮を軸に、地域共存モデルへ進化しつつある
- 「泳がない浜辺」における体験拠点として、再定義の可能性を持っている



