若者が選挙に行かない国は、どんな未来を選びやすいのか:今の選択が未来をつくる
🔎 ポイントまとめ
- 「投票率」が「政策の時間軸」を決める
- 今の「不在」が、未来の「ツケ」になる
- 完璧な知識は不要、「消去法」で十分
- 選挙は「未来の自分」への投資
はじめに
ー若者の投票率が低いーこんな発言を耳にすることはもはや日常で、若者が政治に興味がなくて、高齢者が政治に積極的なのは当たり前のことだ、と思ってはいないか。2026年2月、高市内閣による衆議院解散による国政選挙が開催された。急な解散にもかかわらず、投票率は55.88%と前回よりも高い数値を記録した。一方で、年代別の内訳を見ると、20代の投票率は最も低く、おおよそ3人に1人しか投票に行かない。国民の「権利」である「投票」が、どうして「権利」たり得るのか。投票に行け、と口酸っぱくいう人がいるのはなぜなのか。私たちの投票に、「意味」はあるのか。そして若者が投票を放棄した先に待っている未来とは。
投票の感想と選挙の意義
雪の降る寒い日、防寒に防寒を重ねた格好で投票所に向かった。会場までは徒歩10分の道のりで、近づくにつれて人が増えていく。投票所から出てくる人たちを見ると、40代から50代がボリュームゾーンで、同世代であろう20代は、数人しか見かけなかった。
急な衆議院解散選挙で、私自身、選挙日を認識したのは前々日だった。人のSNS投稿を見て初めて「ああ、もう選挙か」と気づく。周囲の同世代の多くは、期日前投票などせず旅行に行っていたり、そもそも選挙があることすら知らない人もいたりする。
投票所で感じる同世代の少なさ。これは私個人の体験だけではなく、統計的にも明らかな事実だ。若者の投票率は、高齢者のそれと比べて圧倒的に低い。でも、これは単に「今の政治に若者の声が反映されない」という問題に留まらない。もっと深刻な問題がある。
あなたが30代、40代になったとき、どんな社会で生きているだろうか。
今20代の人が40代になる頃、その時の政治は、今日の選択によって形作られている。年金制度、医療制度、教育制度、雇用環境、環境政策——これらはすべて、20年、30年という長いスパンで設計され、実行される政策だ。そして皮肉なことに、その長期的な政策の影響を最も強く受けるのは、今、投票所にいない若者たちなのだ。
選挙に行くようになったきっかけ
私が選挙に行き続けることを決めたのは、大学2年目の頃だった。周りには、選挙には行かないのに国の政策やその結果には文句を言い、「人口の少ない若者の1票が何になるのか」と冷笑する人たちがいた。無関心という意味で、同じ立場に私自身もいた。
ある日ふと思った。そんな権利はあるのか?と。選挙権が拡大され、納税額や性別にかかわらず20歳以上の男女が等しく選挙権を得たのは1945年。戦前までは、どれだけ望んでも手にできなかった権利を、当たり前にあるものとして無視し、都合よく国に文句を言っていて本当にいいのか?
文句を言う権利がないとは思わない。民主主義社会において、誰もが政治を批判する権利を持っている。でも、最低限の参加もせずに、大きなことを言うのはどうなのか。その疑問が、私が投票に行くようになった理由だ。
選挙に行くようになってから、変化があった。政治の細かいニュースに、微かにでも関心を持つようになった。選挙の前日だけでも、急いで候補者を決めるために情報を調べる。そのたびに、自分にいかに知識がないかを痛感する。今でも十分に理解しているとは言えない。
選挙に行くことで勝手な達成感を持つのは自己満足ではないか、という不安もある。でも、それでも何か国に不満を感じたとき、「選挙に行っていないのに大きなことを言う権利はない」という思いが、私を投票所に向かわせ続けている。入場券を持参していなくても、マイナンバーカードや運転免許証などの本人確認書類があれば投票ができると知ったのは前回の参議院選で入場券を紛失したおかげで知ることができた情報だ。
記入所で気づいたことがある。長居する人はほとんどいない。意外と、世間の人々は支持政党や支持者が決まっているのだなと思った。投票後、出口で係員に声をかけると「投票済証」という紙がもらえる。選挙区ごとに違うデザインのただの紙だが、投票の印として受け取るとなんとなく嬉しくなる。
日本ではまだあまり広がっていないが、「せんきょ割」といって、これを使うと飲食店のお会計が安くなったりクーポンがわりに使用することができるサービスが普及し始めている。いつか使ってみたい。
開票速報も覗くようになった。今まではテレビで見かけても、何が何だかわからなかったが、今では唯一と言っていいほど真剣にテレビを見る機会になっている。


短期的政策と長期的政策の違い
政治の世界には、大きく分けて二つの時間軸がある。「短期的政策」と「長期的政策」だ。
短期的政策とは、目の前の課題に対処するもの。経済対策、災害復興、感染症対策など、今すぐ効果が見える、あるいは見えなければならない政策である。これらは有権者にとってわかりやすく、政治家にとっても「実績」として示しやすい。選挙で票を集めやすい政策でもある。
一方、長期的政策は、効果が出るまでに10年、20年、時には30年以上かかるものだ。年金制度の改革、教育制度の抜本的見直し、気候変動対策、少子化対策、インフラの維持更新——これらはすぐに効果が見えない。むしろ、今の世代には「負担」として感じられることも多い。
ここに、民主主義の大きなジレンマが存在する。
政治家は次の選挙で勝たなければならない。だから、有権者の目に見える成果を出したい。短期的な人気取り政策に傾きやすい。一方で、長期的な課題にこそ真剣に取り組むべきなのだが、その成果を享受するのは「まだ投票権を持たない世代」や「まだ生まれていない世代」なのである。
そして、ここが最も重要な点だ。有権者の年齢構成が、政策の時間軸を決める。
高齢者の投票率が高く、若者の投票率が低い社会では、政治家は高齢者に受ける政策を優先する。それは合理的な判断だ。票を持っている人、投票所に来る人の声に応えるのが、民主主義の基本である。
しかし、その結果として選ばれやすいのは、短期的に効果が見える政策、あるいは今の高齢者世代に有利な政策になる。長期的な視点、将来世代の利益は、後回しにされやすい。
若者不在の政治が選びやすい未来
若者が選挙に行かない国は、どんな未来を選びやすいのか。具体例を考えてみる。
1. 社会保障の世代間格差が拡大する
年金、医療、介護——これらの社会保障制度は、基本的に「今の現役世代が今の高齢世代を支える」仕組みだ。高齢者の投票率が高く、若者の投票率が低い状況では、政治家は高齢者向けの給付を維持・拡大する政策を選びやすい。
一方で、その財源は誰が負担するのか。現役世代だ。そして、その現役世代が高齢者になったとき、制度はどうなっているのか。少子化が進む中、支える人の数は減り続ける。今、給付を維持するために負担を増やせば、将来の制度は持続不可能になる。
若者が投票に行かなければ、この構造的な問題に政治がメスを入れるインセンティブは小さい。「将来の負担」を「今の給付」に変換する政策が選ばれ続ける。そのツケを払うのは、今20代、30代の人たちが高齢者になったタイミングである。
2. 教育投資が後回しにされる
教育への投資は、典型的な長期的政策だ。効果が出るまでに10年、20年かかる。幼児教育の充実、大学の無償化、奨学金制度の改革——これらは、今の子どもたちや若者に恩恵をもたらすが、その成果を実感するのは、彼らが社会の中核を担うようになる20年後、30年後だ。
若者の投票率が低い社会では、教育投資の優先順位は下がりやすい。限られた予算の中で、「今」の有権者(高齢者)に直接恩恵がある政策と、「将来」の有権者に恩恵がある教育政策を比べたとき、前者が選ばれやすい。
その結果、教育格差は拡大し、優秀な人材は海外に流出し、国全体の競争力は低下する。その影響を最も受けるのは、今の若者が働き盛りになる頃の社会だ。
3. 気候変動対策が先送りされる
気候変動は、まさに世代間の問題だ。今、温室効果ガスの排出を削減するための政策を実行すれば、経済に短期的なコストがかかる。産業構造の転換、エネルギー価格の上昇、ライフスタイルの変更——これらは、今の世代にとって「負担」として感じられる。
一方、気候変動の最も深刻な影響を受けるのは、これから何十年も生きる若い世代だ。海面上昇、異常気象、食料危機、生態系の崩壊——これらの問題が本格化するのは、今20代の人が50代、60代になる頃だ。
若者が投票に行かなければ、政治は「今のコスト」を避け、「将来のリスク」を先送りする判断をしやすい。そのリスクを背負うのは、今の若者自身だ。
4. 財政赤字が積み上がる
日本の財政赤字は、先進国の中でも突出して大きい。これは、簡単に言えば「今の世代が使うお金を、将来の世代に借金として残している」状態だ。
財政再建には、増税か歳出削減が必要だ。しかし、どちらも「今」の有権者にとっては痛みを伴う。政治家は、痛みを伴う政策を避けたい。その結果、問題は先送りされ、借金は積み上がり続ける。
そのツケを払うのは誰か。今の若者が働き盛り、あるいは高齢者になったときだ。増税、社会保障の削減、公共サービスの低下——これらの形で、今の借金は将来の負担として降りかかってくる。
5. 雇用や働き方の改革が遅れる
終身雇用、年功序列、長時間労働——日本の労働市場には、古い慣行が残っている。これらは、既に安定した地位にいる人(多くは高齢世代)にとっては都合が良いシステムだが、これから社会に出る若者にとっては硬直的で不利なシステムだ。
労働市場改革、同一労働同一賃金、テレワークの推進、副業解禁——これらは若者にとって重要な政策だが、既存の利益を持つ層からの抵抗も大きい。若者の声が政治に届かなければ、改革は遅れる。
そして、グローバル化とデジタル化が進む中で、硬直的な労働市場を持つ国は競争力を失っていく。その影響を受けるのは、これから何十年も働く若い世代だ。
これらの問題に共通するのは、「今の世代の利益」と「将来の世代の利益」が対立する構造だ。そして、若者が投票に行かなければ、政治は「今」を優先し、「将来」を犠牲にする選択をしやすい。
皮肉なことに、その「将来」を生きるのは、今、投票所に行かない若者たち自身なのだ。
では具体的に、投票はどうすれば良いか
ここまで読んで、「でも、誰に投票すればいいのかわからない」と思う人もいるだろう。私自身、選挙のたびにそう感じている。政治家の公約は複雑で、誰が本当に若者のことを考えているのか、判断するのは非常に困難だ。
完璧な知識がなくても、投票は可能だ。もしも投票に行こう、と決めても投票の仕方がわからない時のために、以下に参考例を載せる。
1. 「消去法」でもいい
理想の候補者や政党を見つけるのは難しい。でも、「これだけは譲れない」というポイントを一つか二つ決めて、それに明らかに反する候補者を除外していく。消去法で残った選択肢の中から選ぶ。これだけでも、十分に意味のある投票となる。
2. 一つのテーマに絞る
すべての政策を理解しようとすると、情報の渦に溺れる。自分にとって最も重要なテーマを一つ選ぶ。教育、環境、雇用、社会保障——何でもいい。そのテーマについて各候補者がどう考えているかだけを調べる。これなら、選挙前日でも可能だ。できるだけ、ショート動画などの安易な情報源ではなく、党ごとの出すマニフェストを見る方が、偏った情報を得る結果には繋がりにくい。このハードルが高ければ、「投票マッチング」「政局マッチング」といった、自分の思想に合う政局を知ることが出来る簡単な診断サイトが様々な媒体から出されている。現代では、自分の政治的意思やその傾向を簡単に確認するサービスがたくさんある。
3. 「長期的視点」を持つ候補者を選ぶ
若者にとって最も重要なのは、「今」だけでなく「将来」を考えている候補者だ。目先の人気取り政策ばかり並べている候補者より、長期的な課題に言及している候補者。耳障りの良いことばかり言う候補者より、時には厳しい現実も語る候補者である。
完璧な候補者はいない。でも、少なくとも「将来世代のことも考えている」と感じられる候補者を選ぶ。それだけで、政治の時間軸は少しずつ長期に傾いていく。
4. 「白紙投票」ではなく「棄権」でもなく
「誰に投票していいかわからないから白紙で出す」「どうせ変わらないから行かない」——これらは、残念ながら政治に何のメッセージも送らない。政治家が見ているのは、「誰が投票所に来たか」だ。20代の投票率が30%で、60代の投票率が70%なら、政治家は60代に受ける政策を優先する。これは当然の判断だ。X上である投稿を見かけた。「現場にこないオタクの声を運営が拾うことはない」政治を推し活になぞらえて投稿されたポストであり、見事に選挙の仕組みを表現している。
投票所に行くこと自体が重要なのである。候補者の名前を書く。政党名を書く。その行為が、「若者も投票する」というメッセージになる。そのメッセージが積み重なれば、政治家は若者を無視できなくなる。
5. 選挙を「対話」と捉える
選挙は一方的な意思表示ではなく、政治との対話だ。今回の投票が完璧でなくてもいい。間違った選択をしたと後で思ってもいい。大事なのは、対話を続けることだ。
投票に行く。開票速報を見る。当選した人が何をするか、ニュースを少しだけ気にする。次の選挙でまた投票する。この繰り返しが、少しずつ自分の政治リテラシーを高めていく。
そして、投票に行くことで、不思議と「国の政策に文句を言う資格」を得たような気持ちになる。自己満足かもしれない。でも、その感覚が大切なのだ。文句を言う。議論する。これこそが民主主義である。
選挙は「今のため」より「未来の自分のため」
もう一度、最初の問いに戻ろう。若者が選挙に行かない国は、どんな未来を選びやすいのか。
答えは明確だ。「今」を優先し、「将来」を犠牲にする未来だ。
社会保障の持続可能性は後回しにされ、教育投資は削られ、気候変動対策は先送りされ、財政赤字は積み上がり、雇用改革は遅れる。そして、その影響を最も強く受けるのは、今20代、30代の人たちが40代、50代、60代になったときだ。
あなたが40代になったとき、どんな社会で生きているだろうか。年金はもらえるだろうか。医療や介護のサービスは受けられるだろうか。子どもを持ちたいと思ったとき、経済的に可能だろうか。気候変動の影響で、生活は今より厳しくなっていないだろうか。国に諦めを持ち、自分だけはこの国で生き抜けるように、お金を稼いで豊かな生活を実現しようと努力している若者はたくさんいる。では、ある日突然家族が大きな病気になったら?ある日戦争に巻き込まれたら。いくら自分が、自分の周りだけが頑張っても、国としての力が弱くなり、稼いでも稼いでも、昔思い描いた未来が訪れないかもしれない。
これらの問いに対する答えは、今日の政治が決めている。そして、今日の政治を決めているのは、投票所に来る人たちだ。
選挙は「今のため」だけにあるのではない。むしろ、選挙は「未来の自分のため」にある。今、投票所に行くことは、10年後、20年後、30年後の自分への投資だ。
投票所に向かいながら私は、いつもここにいる同世代が、もっと増えればいいのにと思う。
投票所で見かける40代、50代の人たちは、かつて20代だった。その頃、彼らは投票に行っていただろうか。行っていた人もいれば、行っていなかった人もいるだろう。でも、今の彼らが生きる社会は、当時の政治的選択の積み重ねの結果だ。
私たちは、20年後、30年後の自分がどんな社会で生きるかを、今、選んでいる。選挙に行かないという選択も、実は一つの選択だ。「現状維持」「高齢世代優先」という選択に、消極的に賛成していることになる。
投票済証を受け取り、家に帰る。ただの紙だが、何となく嬉しい。この小さな行動が、未来を少しでも変える一票になることを信じて。
選挙は面倒だ。寒い日も、忙しい日も、投票所に行くのは億劫だ。でも、その面倒さを乗り越える価値はある。なぜなら、それは未来の自分、友人、家族のための行動になる。
30代、40代になったあなたが、「あの時、投票に行っておいてよかった」と思える社会であるために、今、投票所に向かおう。
🔎 ポイントまとめ
- 「投票率」が「政策の時間軸」を決める
- 今の「不在」が、未来の「ツケ」になる
- 完璧な知識は不要、「消去法」で十分
- 選挙は「未来の自分」への投資
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