電柱のある風景:なぜ日本は“地中化”できないのか?
🔎 ポイントまとめ
- 電柱は景観・防災・通信の多機能インフラであり、撤去が難しい理由が多数
- 地中化はコスト・地下事情・責任分散の壁により進みにくい構造
- 一部地域では景観資産としての無電柱化が成功
- 「すべて埋める」から「どう共存するか」へのパラダイムシフトが起きている
はじめに
都内の商店街、地方の住宅街、高層ビルの谷間――いずれの風景にも必ずといっていいほど見られるのが「電柱」である。2025年現在、日本全国にはおよそ3,400万本もの電柱が存在し、街の景観と切っても切り離せない存在となっている。
だが同時に、電柱は”景観を乱す存在”として繰り返し問題視されてきた。海外、特に欧米諸国では都市部の電線は地下に埋められており、電柱のないクリーンな街並みが形成されている。なぜ日本では地中化(電線類地中化)が進まないのか? そしてなぜ、いまだ電柱が“必要”とされるのか?
本稿では、地中化の進まない要因を構造的・制度的観点から読み解きながら、近年の技術革新や地域実践の動き、そして“電柱が残ることの意味”までを多面的に考察する。
電柱の基礎構造と役割
電柱には主に以下の2種類が存在する:
- 電力柱(主に東京電力など電力会社が管理)
- 通信柱(NTTやKDDIなど通信事業者が管理)
これらが一本の電柱に混在するケースも多く、インフラとしての役割は多岐にわたる。高圧電線、低圧配電線、光ファイバーケーブル、さらには防犯カメラ、Wi-Fiアンテナなどが取り付けられ、単なる電線の支柱ではなく“情報とエネルギーのハブ”として機能している。
加えて、災害時には応急復旧の拠点としても活用されるため、機動性・即時性という点でも一定の合理性を持つ。
なぜ地中化が進まないのか?
(1) コスト構造の問題
1kmあたりの工事費用は、
- 電柱敷設:約5,000万円
- 地中化工事:約5〜6億円
という圧倒的な差がある(国交省資料より)。また、地中化には舗装の掘削・埋設・整備の工程が必要で、工期も長く、交通規制を伴うため住民からの反発も招きやすい。
(2) 既存インフラとの非互換
日本の都市は“あとづけ型”のインフラが多く、地下は上下水道、ガス管、通信管路などが錯綜している。地中化のためのスペース確保が難しく、配線計画の最適化も困難である。
(3) 費用負担の分散と責任の所在
電力会社・通信事業者・自治体・国土交通省といった多主体によるインフラ管理体制では、「誰が費用を出すのか」という点で合意形成が進まず、結果的に“誰も決められない”構造が温存されている。
進まぬなかでも進んだ例:先進事例からのヒント
(1) 銀座・丸の内:景観重視の先行投資
東京都中央区の銀座エリアでは、1990年代から電線地中化が段階的に実施されてきた。商業観光地としてのブランディングを重視し、都と地元商店会が連携して費用を分担。現在では“電柱のない通り”が観光資源の一部として機能している。
(2) 金沢・倉敷:歴史的街並みとの調和
古い町並みが残る観光地では、文化庁や自治体が補助を行う形で地中化が進む。これらは景観保全法と連動しており、“文化資産としての無電柱化”というモデルが成立している。
技術進化による突破口
近年では、より低コストで柔軟な地中化方式も登場している。
- 浅層埋設方式:従来の半分以下の深さにケーブルを敷設することで、掘削コストと工期を短縮。
- 共同溝(CC-BOX)の普及:電力・通信・上下水道を一括で整備するインフラ基盤。
- スマートポール:電柱に5Gアンテナ・充電ステーション・センサーなどを内包し、地中化ではなく“高機能化”を進める発想。
“地中化するか・しないか”ではなく、“どこまでを地中化し、残すものをどう最適化するか”という段階に入っているといえる。
「電柱」がある風景の再解釈
“電柱が景観を損なう”という視点は一面的かもしれない。
- 昭和的ノスタルジーの象徴として写真・映画に多用される
- 経済合理性や災害対応においては「残す理由」も存在
- 近年では電柱広告や監視カメラのプラットフォームとして副収益源化
つまり、電柱は“残っている”のではなく、“役割が再定義され続けている”インフラなのである。
おわりに
電柱は単なる「古いもの」「邪魔なもの」ではなく、技術、制度、景観、経済のせめぎ合いの中で“選ばれ続けてきた”存在である。今後もすべての電線を地中化することは難しいだろう。しかし部分的な地中化と、高機能化された“残る電柱”の共存というハイブリッドな未来像は十分に現実的である。
それは日本の街の風景における、インフラの「意思決定」のかたちを静かに映し出している。
参照
- 国土交通省『無電柱化推進の手引き(2023年版)』
- 総務省「情報通信インフラと地域活性化」(2022年)
- 東京都建設局『東京の無電柱化推進計画2025』
- 日本電線工業会『電柱の現状と未来』(2024)
- 朝日新聞デジタル「なぜ日本は電柱が多いのか」(2023年9月)
- J-STAGE:都市インフラにおける無電柱化の費用対効果(2021)
🔎 ポイントまとめ
- 電柱は景観・防災・通信の多機能インフラであり、撤去が難しい理由が多数
- 地中化はコスト・地下事情・責任分散の壁により進みにくい構造
- 一部地域では景観資産としての無電柱化が成功
- 「すべて埋める」から「どう共存するか」へのパラダイムシフトが起きている



